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福井地方裁判所敦賀支部 昭和46年(ワ)29号 判決

原告

味岡健夫

ほか四名

被告

松原産業株式会社

ほか三名

主文

一  被告らは、各自、

1  原告味岡健夫に対し、金六六万円及び内金六〇万円に対する昭和四六年七月四日から支払ずみまで年五分の割合による金員、

2  原告味岡きくのに対し、金七七万八、〇〇〇円及び内金七〇万八、〇〇〇円に対する昭和四六年七月四日から支払ずみまで年五分の割合による金員、

3  原告味岡孝子に対し、金五九七万一、七三八円及び内金五四七万一、七三八円に対する昭和四六年七月四日から支払ずみまで年五分の割合による金員、

4  原告味岡健児に対し、金五六七万一、七三八円及び内金五四七万一、七三八円に対する昭和四六年七月四日から支払ずみまで年五分の割合による金員、

5  原告味岡昌宏に対し、金五六七万一、七四〇円及び内金五四七万一、七四〇円に対する昭和四六年七月四日から支払ずみまで年五分の割合による金員

を、それぞれ支払え。

二  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、これを五分し、その二を原告らの負担とし、その余を被告らの連帯負担とする。

四  この判決の第一項は、仮に執行することができる。

事実

(申立)

一  原告ら

1  被告らは、連帯して、

(一) 原告味岡健夫に対し、金一一四万円及び内金一〇〇万円に対する昭和四六年七月四日から支払ずみまで年五分の割合による金員、

(二) 原告味岡きくのに対し、金一三六万円及び内金一二〇万円に対する昭和四六年七月四日から支払ずみまで年五分の割合による金員、

(三) 原告味岡孝子、同味岡健児及び同味岡昌宏に対し、各金一、〇一九万六、一五四円及び内金九二三万二、八六八円に対する昭和四六年七月四日から支払ずみまで年五分の割合による金員

を、それぞれ支払え。

2  訴訟費用は被告らの連帯負担とする。

との判決並びに右1につき仮執行の宣言を求める。

二  被告ら

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

との判決を求める。

(主張)

一  原告らの請求原因

1  事故の発生

昭和四六年七月三日午後零時三〇分頃、敦賀市阿曾の国道八号線路上において、被告若林が、普通貨物自動車(以下本件貨物車という。)を運転北進中、対向進行してきた味岡清弘(以下亡清弘という。)運転の軽四輪乗用自動車(以下本件軽四車という。)に衝突し、その結果、同人は、胸部圧迫により間もなく死亡し、本件軽四車の助手席に同乗していた原告味岡きくのは、頸部挫創傷、右前腕挫傷、両膝擦過傷、右側腹部及び左胸部挫傷の傷害を負つた。

2  責任原因

(一) 被告松原産業、同マルツ運輸及び同若林について

(1) 被告マルツ運輸は、法定の免許を受け貨物自動車運送事業を営んでいるものであるところ、昭和四五年一一月被告松原産業との間で、同被告の製造にかかる発泡スチロールを武生市所在の同被告工場から主として大阪方面へ継続的に運送する契約を結び、貨物自動車一台をもつて専属的に右運送を行なつていた。

(2) その後、被告松原産業は、右運送に従事する専属車両の増車方を被告マルツ運輸に要請し、同被告は、これに応じ昭和四六年一月二三日本件貨物車を購入したうえ、これを右運送のために必要な保冷車に改装すべく、準備を進めていた。なお、右購入に際し、被告マルツ運輸と同松原産業は、協議のうえ、本件貨物車の使用者届出名義(道路運送法九九条)、自動車検査証名義(道路運送車両法五八条)、自賠責保険加入名義をいずれも被告松原産業としたほか、本件貨物車の車体に同被告の商号を表示することとして、本件貨物車が同被告の所有管理に属しているような外観をつくつた。

(3) ところで、被告松原産業は、被告マルツ運輸に対し、右運送契約締結の際には武生・大阪間の運送一回につき代金一万七、〇〇〇円を支払う旨表明していたのに、結局、運送量を基準にした右金額を相当下回る割安な代金によることを要求するに至り、被告マルツ運輸は、これに応じるほかない立場に立たされた。

(4) しかし、被告マルツ運輸は、右のごとき割安な代金で本件貨物車を自ら右運送に専属させることが採算上不利であつたことから、これを避けるべく、適当な運転手に本件貨物車を転売したうえ、その運転手に右運送の下請をさせ、もつて被告松原産業に対する運送契約上の義務の履行を確保すると共に本件貨物車の購入代金を回収することを意図し、買主を物色中、取引先から被告若林を紹介され、同年四月二〇日頃、同被告が運送事業免許を有していないにもかかわらず本件貨物車を代金月賦払で売渡して右下請をさせることとし、同被告は、右意図を了承して、これを買受けた。

(5) かくして、被告若林は、本件貨物車をもつて専属的に右運送を行なうようになつたが、被告松原産業は、このことになんら異議なく、自ら被告若林を指揮監督して運送に従事させ、また、被告マルツ運輸は、被告若林との約定により、毎月、同被告が運送した代金を自ら被告松原産業に請求してその支払を受けたうえ、被告若林から支払を受けるべき本件貨物車の月賦代金及び事務処理手数料を控除取得し、その残額を同被告に支払つていた。

(6) 以上のような事情の下に本件事故が発生したものであるから、事故当時、被告若林は、本件貨物車を自己のために運行の用に供していたものというべく、また、被告松原産業及び同マルツ運輸も、それぞれに、本件貨物車の運行を支配し且つその運行により利益を享受していたものというべきであつて、同被告らは、いずれも、本件事故につき自賠法三条による損害賠償責任がある。

(二) 被告上田について

被告上田は、被告松原産業の唯一の代表取締役であり、同被告に代つてその事業を監督していた。そして、本件事故当時被告若林が本件貨物車を運転していたのは、前記のとおり被告松原産業の指揮監督の下にその製品を運送するためであつたから、その運転は、同被告の被用者がその職務の執行として行なつていたものと同視すべきところ、被告若林は、本件貨物車を運転して先行車両を追越すに際し、対向車両の有無、動静等、前方に対する安全確認をすることなく、漫然と対向車線内に進出進行した過失により、本件事故を惹起せしめたものである。従つて、被告上田は、本件事故につき民法七一五条二項による損害賠償責任がある。

3  損害

(一) 亡清弘の逸失利益

亡清弘は、中川電機株式会社草津工場に勤務し、一か月につき平均一〇万五、四〇四円の給料と年間その四か月分相当の賞与を得、年間合計一六八万六、四六四円の収入があつたが、本件事故当時三三歳三か月であつたから、死亡しなければ、六三歳に達するまでなお二九年九か月間は稼働可能で右程度の収入を得ることができた筈のところ、同人の生活費は、年間三〇万一、九六八円(一か月二万五、一六四円)をこえるものではないとみるべく、従つて、右年間収入額から年間生活費額を控除した純収入額の一か月平均額は一一万五、三七四円となるから、その二九年九か月分からホフマン式計算法により年五分の割合による中間利息を控除して、同人の逸失利益の現価を算出すると、二、五一九万八、六〇四円になる。

(二) 亡清弘の慰藉料

本件事故により死亡させられた亡清弘の精神的苦痛に対する慰藉料は一〇〇万円をもつて相当とする。

(三) 相続

原告味岡孝子は亡清弘の妻、原告味岡健児及び同味岡昌宏は同人の子であるから、同原告らは、右(一)(二)の損害の賠償請求権につき、各三分の一にあたる八七三万二、八六八円宛を、それぞれ相続した。

(四) 原告らの慰藉料

(1) 原告味岡健夫は亡清弘の養父、原告味岡きくのは同人の実母(同原告らは夫婦)であつて、緊密且つ円満な親子関係を保ち老後の扶養を受けることを期待していた亡清弘の死亡により甚大な精神的苦痛を蒙つたが、これに対する慰藉料は同原告ら各自につき一〇〇万円宛をもつて相当とする。

(2) 原告味岡孝子、同味岡健児及び同味岡昌宏は、亡清弘の妻或は子として、同人の死亡により絶大な精神的苦痛を蒙つたが、これに対する慰藉料は同原告ら各自につき五〇万円宛をもつて相当とする。

(3) 原告味岡きくのは、右(1)のほか、本件受傷により一か月余にわたり入院治療を余儀なくされたうえ、受傷部の疼痛等が続き、少なからず精神的肉体的苦痛を蒙つたが、これに対する慰藉料は二〇万円をもつて相当とする。

(五) 弁護士費用

原告らは、弁護士である原告ら代理人に本件訴訟を委任し、既に着手金として各自四万円宛を支払い、成功報酬として、原告味岡健夫は一〇万円、原告味岡きくのは一二万円、原告味岡孝子、同味岡健児及び同味岡昌宏は各九六万三、二八六円宛を、それぞれ支払うことを約した。

4  本訴請求

よつて、被告ら各自に対し、原告味岡健夫は、前記3の(四)の(1)の慰藉料一〇〇万円及び同(五)の弁護士費用一四万円の合計一一四万円と、そのうち弁護士費用を除く一〇〇万円に対する損害発生の後である昭和四六年七月四日から支払ずみまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金、原告味岡きくのは、同(四)の(1)の慰藉料一〇〇万円、(3)の慰藉料二〇万円及び同(五)の弁護士費用一六万円の合計一三六万円と、そのうち弁護士費用を除く一二〇万円に対する右同様の遅延損害金、原告味岡孝子、同味岡健児及び同味岡昌宏は、それぞれ、同(三)の相続額八七三万二、八六八円、同(四)の(2)の慰藉料五〇万円及び同(五)の弁護士費用九六万三、二八六円の合計一、〇一九万六、一五四円と、そのうち弁護士費用を除く九二三万二、八六八円に対する右同様の遅延損害金の各支払を求める。

二  請求原因に対する被告らの認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2の事実のうち、被告若林が被告マルツ運輸から本件貨物車を買受けこれを事故当時自己のために運行の用に供していたこと及び被告上田が被告松原産業の代表取締役であることを認め、その余は争う。

3  同3の事実のうち、(三)及び(四)の(1)の各身分関係を認め、その余は争う。

三  被告らの抗弁

1  免責

本件事故は、亡清弘が、前方不注視のまま時速約八〇キロメートルの高速で本件軽四車を運転し、その車体の一部を対向車両である本件貨物車の進行車線内に進出させた過失によつて発生したもので、他にその原因はないから、被告松原産業、同マルツ運輸及び同若林は自賠法三条但書により免責されるべきである。

2  過失相殺

仮に被告若林に過失があつたとしても、本件事故発生については、亡清弘が右のごとき不用意無謀な運転をして被告若林の回避措置を著しく困難ならしめた重大な過失も与つて大であるから、これを被告らの負担すべき損害賠償額を定めるうえで斟酌すべきである。

なお、原告味岡きくのに対しては、昭和四七年一月三一日、自賠責保険から、同原告の本件受傷による治療費として一一万六、二五四円、休業補償として三万二、二〇〇円(いずれも本訴請求外のもの)が給付された。

3  損害の填補

昭和四六年一〇月一四日、本件事故による損害に関し、原告味岡孝子は自賠責保険金一六六万六、六六七円、原告味岡健児は同一六六万六、六六七円、原告味岡昌宏は同一六六万六、六六六円をそれぞれ受領し、また、原告味岡きくのは、昭和四七年一月三一日、本件受傷による慰藉料分として、自賠責保険金九万二、〇〇〇円を受領した。

4  弁済

被告松原産業は、本件事故による損害に関し、昭和四九年七月二九日、原告味岡孝子に対し一六六万六、六六七円、原告味岡健児に対し一六六万六、六六七円、原告味岡昌宏に対し一六六万六、六六六円をそれぞれ支払つた。

四  抗弁に対する原告らの認否

1  抗弁1の事実は否認する。

2  同2の事実のうち、被告ら主張のような保険給付がなされたことを認め、その余は否認する。

3  同3の事実は認める。

4  同4の事実は認める。

(証拠)〔略〕

理由

一  事故の発生

請求原因1の事実は、当事者間に争いがない。

二  被告らの責任

1  被告若林について

被告若林が被告マルツ運輸から本件貨物車を買受けこれを事故当時自己のために運行の用に供していたことは、当事者間に争いがない。従つて、被告若林は、自賠法三条により、本件事故によつて生じた損害を賠償する責任がある。

2  被告マルツ運輸及び同松原産業について

(一)  〔証拠略〕によれば

(1) 被告マルツ運輸は、法定の免許を受け貨物自動車運送事業を営んでいるものであるところ、昭和四五年一一月頃スチロール製品の加工販売を業とする被告松原産業との間で、同被告の加工にかかる発泡スチロールを武生市所在の同被告工場から主として大阪方面の得意先へ継続的に運送する契約を結び、その運送の用に供するため、あらたに訴外福井日野自動車株式会社から本件貨物車を代金月賦払で購入して昭和四六年一月二三日自動車登録を受けたこと。

(2) ところで、右登録に際し、被告マルツ運輸と同松原産業は、協議のうえ、被告マルツ運輸の名義にすればそれに関連して同被告がなすべき事務の量が増加するし、本件貨物車にはスチロール製品運送のための特殊装置が施こされておりこれを右運送に専従させるものであることなどに鑑み、本件貨物車の使用者名義(道路運送法九九条)、自動車検査証名義(道路運送車両法五八条)、自賠責保険及び任意保険加入名義をいずれも被告松原産業としたほか、本件貨物車の車体に同被告の商号、電話番号を表示して、本件貨物車が同被告の所有管理に属しているような外観をつくつたこと。

(3) そして、被告マルツ運輸は、本件貨物車と他の手持自動車の二車両をもつて右運送契約に基く運送を専属的に行なつていたが、その運送代金について、当初、被告松原産業が武生・大阪間の運送一回当り一万七、〇〇〇円程度を支払う旨表明していたのに、結局、同被告から運送量を基準にした右金額を相当下回る割安な代金によることを要求されるに至り、是非右金額によることを要請したけれども容れられず、その要求に応じるほかない立場に立たされたこと。

(4) しかし、被告マルツ運輸は、かかる割安な代金では本件貨物車を自らの計算において右運送に専従させることが採算上不利であつたことから、これを避けるべく、適当な運転手に本件貨物車を転売したうえ、その運転手に右運送の下請をさせ、もつて被告松原産業に対する運送契約上の義務の履行を確保すると共に本件貨物車の購入代金を回収することを意図したこと。

(5) そこで、被告マルツ運輸の常務取締役である万所喜代元が買主を物色していたところ、同年四月頃取引先である自動車修理業者漆崎敏弘からその友人である被告若林を紹介されたので、被告マルツ運輸は、被告若林が運送事業免許を有しないにもかかわらず、同被告に一応自社の社員であるという立場をとらせて右下請をさせることとし、その頃、右万所、漆崎及び被告若林の三者間において、被告マルツ運輸は本件貨物車を代金月賦払で被告若林に売渡す、被告若林は被告マルツ運輸に代り本件貨物車をもつて右運送に専従する、被告マルツ運輸は被告若林のした運送の代金を自ら被告松原産業に請求受領したうえその中から右月賦代金及び事務処理手数料を控除取得しその残額を被告若林に交付する、漆崎は被告若林の右下請運送の履行義務及び本件貨物車運行中の事故によつて被告マルツ運輸が被むつた損害の賠償について被告若林と連帯責任を負う、との趣旨の約定がなされたこと。

(6) かくして、被告若林は、被告マルツ運輸から本件貨物車の引渡を受け、右約定に従い、同月二〇日頃から同車をもつて右運送を専属的に行なうようになつたが、被告松原産業は、このことを知りながらなんら異議を唱えることなく、むしろ、被告若林が右運送に従事するのは被告マルツ運輸の運送義務の履行としてであるから代金は同被告に交付するとしながらも、その運送従事自体は承認し、本件貨物車の使用者等の名義及び車体の表示を依然と保持したままで、被告若林を、他に自社所有車両二台をもつてスチロール製品の運送に当らせていた自社雇用運転手に対すると同様に指揮監督して右運送に従事させ(被告若林のする運送に関しては、被告マルツ運輸は特段の具体的指示はせず、専ら被告松原産業の指揮監督に委ねられていた。)また、被告マルツ運輸は、右約定により、毎月、被告若林がした運送の代金(一か月四〇万円前後)を自ら被告松原産業に請求してその支払を受けたうえ、被告若林から支払を受けるべき本件貨物車の月賦代金相当額(一一万円前後)と、事務処理手数料として右月賦金相当額を除いた金額の五パーセント額を控除取得し、その残額を同様被告に交付していたものであつて、本件事故は、かかる事情の下において、被告若林が右運送に従事中、惹起されたこと。

以上の事実を認めることができ、この認定を左右するに足る証拠はない。

(二)  しかして、右認定事実によれば、被告マルツ運輸は、運送事業免許のない被告若林に本件貨物車をもつてする運送を義務づけて同車の運行を支配し且つその運行によつて車両代金を回収し手数料を取得するなど経済的な利益を享受していたものと認められ、また、被告松原産業も、本件貨物車があたかも自己の所有管理に属しているような外観を作出したうえ、被告若林をいわば車持ち込み従業員的な地位に置いてこれを指揮監督し、同車により自社の営業上不可欠な製品運送の業務を割安な代金で専属的に担当せしめ、もつて自らの営業を全うしていたといえるので、やはり同車の運行を支配し且つその運行によつて利益を享受していたものと認めるのが相当であるから、両被告共、それぞれに、自賠法三条にいう自己のために自動車を運行の用に供する者に該当し、本件事故による損害の賠償責任を有するものというべきである。

3  被告上田について

(一)  既に認定判断したとおり、被告若林は、被告松原産業の従業員的な立場に置かれ、同被告の製品をその指示により専属的に運送していたものであり、且つ、本件貨物車については、それが被告松原産業の所有管理に属しているような外観があつたのであるから、前記認定の他の事実をもあわせ考えれば(なお、前掲証拠によると、被告若林は、本件貨物車をもつて専ら被告松原産業の製品を運送し、過去一、二回被告マルツ運輸の依頼で別の物品の運搬をした例があるほかは、被告松原産業以外の者の物品の運送を取扱つたことがなく、他方被告松原産業からの運送の申入れを拒否したことはなかつたことが窺知できる。)、被告若林は、実質的にみて、被告松原産業の企業組織の中に包摂吸収されその支配に服する被用者たる地位にあつたということができるので、民法七一五条の使用関係が必ずしも雇傭等の法律関係たることを要せず使用者と被用者の間に実質的な指揮監督の関係があることをもつて足ることに鑑み、被告松原産業と同若林との間には、右の使用関係があつたと認めるのが相当であり、また、被告若林の本件事故時における本件貨物車の運転は、被告松原産業の製品運送のためであつて、明らかにその事業の執行にあたるものというべきである。

(二)  〔証拠略〕を総合すると、被告若林は、本件貨物車を運転して、先行する普通乗用自動車に約三〇メートルの車間距離を保つて時速約五〇キロメートルで追従進行し、本件事故現場に差しかかつたこと、同所は、被告若林の進行している車線とその対向車線との二車線道路で、前者の幅員は三メートル、後者のそれは三・二五メートルしかなく、しかも被告若林からみて左方にカーブしており、なお公安委員会から追越禁止場所に指定されているところであつて、同所での追越し自体が一般に危険であり、もし追越しをするとすれば、特に本件貨物車のような大型車両の場合、対向車線内に進出する必要があつたこと、被告若林は、事故現場に差しかかつた際、右先行車が進路を左方に変更すると共に減速したので、これに伴い本件貨物車を時速約三五キロメートルに減速したが、先行車はやがて停車するであろうと判断し、この際対向車線に進出して右先行車を追越そうと考え、対向車線の前方を見たところ、約七〇メートル前方の対向車線内を本件軽四車が進行してくるのに気付いたが、同車とすれ違うまでに右先行車を追越しきれるであろうし、もしそれまでに追越しが完了しなくても、本件軽四車が小型車両であるうえその避譲も期待できるから、無事にすれ違うことが可能であると即断し、本件貨物車を対向車線内に進出させて追越しを開始したこと、そして、その後は右先行車のみに気を奪われて本件軽四車の動静に注意をはらうことなく進行を続け、右先行車の右側方に差しかかつた際、前方約一五メートルの地点に本件軽四車が迫つていることに気付いて衝突の危険を感じ、本件貨物車の進路を左方に寄せて避けようとしたが、右先行車と並進状態にあつたため避けることができず、本件貨物車の右前部を本件軽四車の右前部に衝突させるに至つたこと、以上の事実を認めることができ、これに反する〔証拠略〕はいずれも前掲他の証拠に照らして措信できず(特に、〔証拠略〕は、佐々木軍治の鑑定意見書及び同人の供述調書であつて、それによれば、要するに、本件事故は、本件軽四車が被告若林の進行車線内に進出して惹起されたものであつて、本件貨物車は、対向車線内に進出していなかつた、というのであるが、これは、結局、〔証拠略〕の実況見分調書に添付されている現場写真を観察して異常なほどに想像をたくましゆうし、写真にみられる被告若林の進行車線内の或る部分を本件軽四車のタイヤ痕或は同車々体の一部を本件貨物車がひつかいた痕跡であると断定したうえ同車線内において衝突が起つたと結論し、これに適合するように立論をした感があるなど、にわかに首肯し難いところがあり、また、その立論の過程にも〔証拠略〕の供述記載に徴して多大の疑問があつて、被告若林が本件事故直前先行車の減速等に伴いこれを追越そうとしていたこと及びそのためには本件貨物車の進路を対向車線側に移す必要があつたこと自体は前掲証拠上明白であるというべきところからしても、到底採用し難い。)、他に右認定を左右するに足る証拠はない。しかして、右認定の事実によれば、被告若林は、本件軽四車とのすれ違いを終るまで追越しを差し控え、事故の発生を防止すべき注意義務があつたのに、これを怠り、あえて追越しを開始した過失により本件事故を惹起するに至つたものというべきである。

(三)  しかるところ、被告上田が被告松原産業の代表取締役であることは、当事者間に争いがなく、証人広瀬嘉夫の証言、被告若林、同上田各本人尋問の結果によれば、被告松原産業は、被告上田及びその親族を主たる発起人として設立されたいわゆる同族会社であつて、武生市内に本社と工場を設け、取締役としては被告上田のほかにその母上田きくゑ及び妻上田周子の両名しかおらず、同被告が代表取締役として会社の最高方針を決定し且つ被用者を選任監督しうる地位にあつたこと、そして、被告松原産業の製品運送は、発送元が工場であることから、工場長田中義昭が運転手を指揮監督して行なう例であつたが、被告上田も、工場に出入りして右指揮に当ることがあるうえ、右工場長は取締役ではなく、その指揮監督は代表取締役たる被告上田の指示によりなされこれを補助するという意味合いのものであつたことが認められ、〔証拠略〕中右認定に牴触する部分は措信できず、他に右認定を左右するに足る証拠はない。しかして、右事実によれば、被告上田は、被告松原産業の事業の執行の代理監督者であるとみるのが相当である。

(四)  従つて、被告上田は、民法七一五条二項により、本件事故によつて生じた損害を賠償すべき責任があるといわなければならない。

三  免責及び過失相殺の抗弁に対する判断

既に認定判断したとおり、本件事故は被告若林の過失に起因することは明らかであり、また、亡清弘に本件軽四車運転上の過失があつたと認めるべき確証はないから、被告らの免責及び過失相殺の抗弁は採用できない。

四  損害

1  亡清弘の逸失利益

〔証拠略〕によれば、亡清弘は、本件事故当時、満三三歳の健康な男子で、中川電機株式会社草津工場に勤務し、一か月平均一〇万五、四〇四円の給料のほか、年間少なくとも給料の四か月分相当額の賞与を得、その死亡の年(昭和四六年)中には原告ら主張のとおり年間合計一六八万六、四六四円の収入を十分確保できたことが認められ、これに反する証拠はないから、死亡しなければ、原告ら主張のとおり六三歳に達するまでなお三〇年間は優に稼働可能で、その間右認定程度の年間収入を得たものと推定して差支えない(もつとも、〔証拠略〕によれば、右会社は五八歳をもつて従業員の定年としていることが認められるが、その年齢に徴し、亡清弘が定年退職後においてもなんらかの職業に就いて相当の収入を得るであろう蓋然性は十分あると考えられ、また、同人が右会社に在職していたならば毎年昇給があり且つ定年退職時にはかなりの退職金が支給された筈であること及び今後における貨幣価値の変動等に鑑み、右定年退職後の収入額をそれまでのものと同額とみても特に不合理ではないと思料される。)。そして、原告味岡孝子本人尋問の結果により認められる亡清弘の家族構成、同人が世帯主であること及びその収入額等の事情を考慮すれば、同人の生活費は一か月平均三万円で年間三六万円程度とみるのが相当であるから、以上の数値を基礎とし、ホフマン式(年毎)計算法により年五分の割合による中間利息を控除して、同人の逸失利益の死亡当時における現価を算出すると、

1,686,464円(年収)-360,000円(生活費)=1,326,464円(年間純収入)

1,326,464円×18.0293(30年のホフマン係数)=23,915,217円

の算式により、二、三九一万五、二一七円となる。

2  亡清弘の慰藉料

本件事故により死亡させられた亡清弘の精神的苦痛に対する慰藉料としては、本件にあらわれた諸般の事情に鑑み、一〇〇万円をもつて相当と認める。

3  相続

原告味岡孝子が亡清弘の妻、原告味岡健児及び同味岡昌宏が同人の子であることは、当事者間に争いがないから、同人の死亡に伴い、同原告らは、右1、2の損害の賠償請求権につき、各三分の一にあたる八三〇万五、〇七二円宛を、それぞれ相続したものというべきである。

4  原告らの慰藉料

(一)  原告味岡健夫が亡清弘の養父、原告味岡きくのが同人の実母(両者は夫婦)であることは当事者間に争いがなく、同原告らが亡清弘の死亡により甚大な精神的苦痛を受けたことは容易に窺知できるが、これに対する慰藉料としては、本件にあらわれた諸般の事情に鑑み、同原告ら各自につき六〇万円宛をもつて相当と認める。

(二)  原告味岡孝子、同味岡健児及び同味岡昌宏が、本件事故により夫或は父を失い、多大の精神的苦痛を受けたことは想像に難くなく、これに対する慰藉料は、同原告ら各自につきその主張の五〇万円宛を下るものではないと認める。

(三)  〔証拠略〕によれば、同原告は、本件受傷により、三三日間入院し、退院後も約一か月間通院して治療することを余儀なくされるなど、相当の精神的苦痛を受けたことが認められるが、これに対する慰藉料としては本件にあらわれた諸般の事情をも考慮し、二〇万円をもつて相当と認める。

5  損害の填補及び一部弁済

被告らの抗弁3、4のとおり、本件事故による損害に関し、原告味岡孝子が自賠責保険金一六六万六、六六七円、原告味岡健児が同一六六万六、六六七円、原告味岡昌宏が同一六六万六六六六円をそれぞれ受領し、更に同原告らが被告松原産業からそれぞれ右各同額の弁済を受け、また、原告味岡きくのが本件受傷による慰藉料分として自賠責保険金九万二、〇〇〇円を受領したことは、当事者間に争いがない。

6  弁護士費用

以上により、原告味岡健夫は、右4の(一)の慰藉料六〇万円、原告味岡きくのは、同(一)及び(三)の慰藉料合計八〇万円から5の填補額九万二、〇〇〇円を控除した残額七〇万八、〇〇〇円、原告味岡孝子及び同味岡健児は、それぞれ、3の相続額及び4の(二)の慰藉料の合計八八〇万五、〇七二円から5の填補額及び一部弁済額の合計三三三万三、三三四円を控除した残額五四七万一、七三八円、原告味岡昌宏は、右八八〇万五、〇七二円から5の填補額及び一部弁済額の合計三三三万三、三三二円を控除した残額五四七万一、七四〇円の支払を被告ら各自に請求しうるものであるところ、原告味岡孝子本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば、原告らは、弁護士である本訴代理人に訴訟を委任し、相応の報酬契約を結んだことが認められる。しかして、本件事案の内容、審理の経過、前記認定の損害額、原告味岡孝子と原告味岡健児及び同味岡昌宏との関係等に照らすと、被告らに対し本件事故による損害として賠償を求めうべき弁護士費用としては、原告味岡健夫につき六万円、原告味岡きくのにつき七万円、原告味岡孝子につき五〇万円、原告味岡健児及び同味岡昌宏につき各二〇万円と認めるのが相当である。

五  結論

そうすると、本訴請求は、原告味岡健夫が、六六万円(前項6の残額と弁護士費用との合計。以下同じ。)原告味岡きくのが、七七万八、〇〇〇円、原告味岡孝子が、五九七万一、七三八円、原告味岡健児が、五六七万一、七三八円、原告味岡昌宏が、五六七万一、七四〇円、及びこれらのうち弁護士費用額を除いた部分に対する事故の翌日である昭和四六年七月四日から支払ずみまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから、これを認容すべきであるが、その余は失当であつて棄却を免れない。

よつて、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、九三条、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 山脇正道)

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